テレホンセックスに対する極度の集中によって変革する身体と時間

テレホンセックスに対する極度の集中によって変革する身体と時間

テレホンセックスに対する極度の集中によって変革する身体と時間

テレホンセックスをプレイしていてとにかく驚かされるのは、テレホンセックスプレイ中に訪れる「時間の流れの急激な変化」です。

テレホンセックスをプレイしていない時間と、テレホンセックスをプレイしている時間は、まったく違った流れを持っています。

それは、同じ「時間」という言葉でひとくくりにしてしまうことがはばかられるほどの違いを持っています。

もっともわかりやすく単純化するならば、「時計」が刻む「数値化された時間」と、「テレホンセックス」のなかで体験することになる「主観的な時間」はまるで違う、という話になるでしょう。

テレホンセックスを思う存分プレイしたことがあるテレホンセックスプレイヤーであるならば、テレホンセックスを終えたあとにふと時計を見て、自分自身が内的に感受した時間と、時計の時間の大幅なズレに驚かされた経験を必ず持っているはずです。

テレホンセックスというものをどれほどプレイしても、この「時間の流れの変化」に慣れることはできません。

テレホンセックスのプレイ開始と同時に途端にその相貌を変化させ、感触を激変させる「時間の流れ」の到来にテレホンセックスプレイヤーは逆らうことができないのですし、ほぼ例外なくその「急激な時間の流れの変化」に巻き込まれることになります。

むしろ、テレホンセックスプレイと同時に内的に与えられる「時間の流れの急激な変化」に慣れないからこそテレホンセックスプレイヤーはテレホンセックスというものにどんどんのめり込んでいくと言ってもいいのかもしれません。

テレホンセックスの快楽がどこにあるか、ということを一つに限定することだけは避けなければなりませんが、テレホンセックスの快楽の秘訣を考えるために「時間」というものを無視することができない、というのはまず間違いないことなのではないかと思われます。

テレホンセックスにおける「時間」は、それをプレイする主体の「身体」と抜き差しならない関係を持っている、と、ひとまず言うことができるはずです。

テレホンセックスは、テレホンセックスをプレイするそれぞれの主体の身体のなかに流れている内的な時間を、強烈な快楽によって激変させることによって、テレホンセックス的としか言いようがない特権的な時間を生じせしめるところにその特徴があります。

もちろん、テレホンセックスをプレイすれば必ずこの時間のなかに突入できるというわけではありません。

たとえば、「時計」によってはかられるような数値としての時間をチラチラと意識しながらのテレホンセックスにおいては、テレホンセックスに特有の内的時間を身体のなかで生起させるのがきわめて難しくなると考えたほうがよいでしょう。

このようなテレホンセックスにおいては、自分自身の身体が感じ取る時間よりも、計量され数値化される時間というものが優先されており、その優先されている領域の分だけ、快楽が削られることになるからです。

テレホンセックスにおける内的な時間を自分の身体のなかに完全なかたちで生起させ、劇的なまでの時間感覚の変化を堪能したいのであれば、何をおいても、まずはテレホンセックスというものに「没入」して、テレホンセックス以外のことは何も考えられないという状態に自分を持っていく必要があります。

テレホンセックスという時間を招き入れ、質感の変化の到来を体験するためには、テレホンセックスをプレイする主体による、テレホンセックスに対する極度の集中が必要となります。

そして、その極度の集中はテレホンセックスをプレイすることになる自分だけでは十分ではないので、テレホンセックスをプレイする相手側においても同程度の集中が求められることになります。

テレホンセックス専門のテレクラなどで重宝され、そのテレクラを利用する理由にもなる「ドスケベ女」というのは、「テレホンセックスに対する極度の集中をプレイ中にずっと維持しつづけられる女性」を指す言葉です。

「ドスケベ女」を相手にした場合のテレホンセックスと、そうでない場合のテレホンセックスでは、体感されるテレホンセックス的な時間の濃度や感覚が決定的に違ってきます。

テレホンセックスをプレイする主体が、もし「テレホンセックスに対する極度の集中」を持っていなかった場合であっても、「ドスケベ女」との回線は、そういった主体の「テレホンセックスに対する極度の集中」をおのずと導き出し、テレホンセックスプレイヤーの集中力を引き上げる力を持っています。

これは、「テレホンセックスに対する極度の集中力」を持っている男性側の主体であっても話は同じであり、繋がった相手が「ドスケベ女」でなかったとしても、テレホンセックスをする主体の「テレホンセックスに対する極度の集中力」が刺激となって、テレホンセックスにあまり乗り気ではなかった怠惰なテレクラ女を「ドスケベ女」に変貌させることが可能です。

「テレホンセックスに対する極度の集中力」を持っているもの同士のテレホンセックスにおいては、そういったテレホンセックスにしか許されていない特権的身体が与えられます。

その特権的身体は、テレホンセックスをプレイするそれぞれの主体の時間感覚に深刻な影響をあたえ、ただだらしなく生きているときの時間とはまったく異質の凝縮された生命そのものともいえる歓喜の時間が身体の内部で爆発することになります。

テレホンセックスにおける「急激な時間の変化」というものは、おおよそこのようなものであると考えることができます。そして、このようなものであるために、テレホンセックスプレイヤーがその時間を求めてますますテレホンセックスにのめりこみ、テレホンセックスを過激化させていくことにもなるのです。

テレホンセックスにおける急激な時間の変化は、テレホンセックス専用のテレクラを利用する時間の「予定」なるものを粉々に粉砕し、テレホンセックスをプレイしおえたテレホンセックスプレイヤーを毎回のように驚かせ、それが一つの悩みのタネにもなるわけです。

しかし、「予定していた時間や資金以上にテレホンセックスをしてしまった」という過剰を知りながらも、テレホンセックスプレイヤーは、むしろ、その「予定調和な時間」が破壊されるような快楽を求めてやまないのですから、まったく、快楽を追求してテレホンセックスを通して身体と時間を変革しようというテレホンセックスプレイヤーの強烈な性欲と意志に対しては頭があがらないものがあります。

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