用意周到にテレホンセックス中の恩寵のための準備をする

用意周到にテレホンセックス中の恩寵のための準備をする

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テレホンセックスの快楽をより強めていくにあたって、テレホンセックス以外のことを考えることに意味があるかどうかについて考えていくことにしましょう。

テレホンセックスをプレイする以上、テレホンセックスに対する思考は必須です。テレホンセックスに対する思考がない限り、テレホンセックスの快楽の扉は、テレホンセックスの快楽の可能性を奥に秘めたままそうそうに閉じられてしまうことになるでしょう。

テレホンセックスについての思考というのは、テレホンセックスの快楽の扉を開いたままの状態にしてテレホンセックスを楽しむための基本的な態度です。

そうすると、「テレホンセックスを楽しむためには、テレホンセックスのことだけ考えていればいい」というような考えに到達する人もいるかもしれませんが、私としては、個人的にはこの極端な考えにはあまり与したくはありません。

「テレホンセックスのことを考える」のと「テレホンセックスのことだけ考える」のは違います。

いや、「テレホンセックスのことだけを考える」にしても、「テレホンセックス以外のことはすべて遮断してひたすらテレホンセックスのことだけを考える」のと、「テレホンセックス以外の『考えていること』がすべて最終的にはテレホンセックスへと向かっている」のとでは、「テレホンセックスのことだけを考える」という言葉の意味も変わってくるでしょう。

私としては、前者ではなく後者のようなやり方で「テレホンセックスのことだけを考える」のは大いにアリだと思います。もちろん、前者のやり方でも「テレホンセックスについて徹底的に考える」限りにおいては、有効ではあるでしょうが、これについては、後ほど改めて触れます。

さて、後者のような意味での「テレホンセックスのことだけを考える」という営みについてですが、これは、「テレホンセックスは、テレホンセックスの基本を守ってテレホンセックスを成立させたあとは、世界にあるあらゆる事象をテレホンセックスのなかに取り込むことがである」ということを理解したうえで行われることになるでしょう。

「声と言葉だけである」「電話でのやりとりである」という二つの最低条件がそろっていれば、テレホンセックスは成立します。

この二つの最低条件は、テレホンセックスに「不自由」を持ち込むことになりますが、その不自由を引き受けたあとは、その不自由な領域のなかでありふれた言葉を思いもよらぬ方法で結びつけて、テレホンセックスの可能領域を広げていくことになります。

テレホンセックスは、プレイ中の思いも寄らない一言によって、その快楽の方向性を大きく転換させ、自分の想像もしなかった快楽の地点にまでテレホンセックスプレイヤーを運んでいく、というような性質を持っているプレイです。

このようなテレホンセックスの性質を顧みれば、「世界にあるあらゆる事象をテレホンセックスのなかに取り入れることができる」ということも、おのずと理解されるのではないかと思われます。

結論から書いてしまうと「すべてのことはテレホンセックスに利用することが可能」です。これは、しかし「テレホンセックスのことを考え、また、テレホンセックスをプレイしようという意志がある限りにおいて」という留保をつけるべき結論でもあるでしょう。

「すべてのことはテレホンセックスに利用することが可能」ということは「テレホンセックスは自由自在にコントロールができる」ということを意味していません。事情は、むしろ逆であるといえるでしょう。

ですから、先だっての結論は「すべてのことはテレホンセックスに利用することが可能ではあるが、テレホンセックスのために実際に使えることは驚くほど少ない」と書かなければいけませんでした。

「テレホンセックス以外のこと」のほとんどは、テレホンセックスに使われることなく、いやな言い方をすると「ムダ知識」的に放置されます。

この「ムダ知識」的に放置されてきた「テレホンセックス以外のこと」は、ときおり、想像もしなかったような切り口で、その瞬間のテレホンセックスに採用できるものとして浮かび上がることがあります。そして、この、使いみちがわからなかったものが急に活用できる瞬間こそが、テレホンセックスの快楽を加速させる契機を含んでもいるのです。

「テレホンセックス以外のこと」が、いつ、どのようにして、テレホンセックスに利用できるかを予想することはできません。ただ、テレホンセックスを恒常的にプレイしていると、こういった「恩寵」とも呼べる瞬間がまれに不意打ちのように訪れることがあります。

この「恩寵」のためにも、テレホンセックスについてはもちろんのこと、およそテレホンセックスとは関係ないと思われるあらゆるテレホンセックス以外のことも知り、考え、自分のなかに取り入れていくことは、決して無駄ではない、というのが私の考えです。

さて、後述するといったまま放置していた、「前者」の「テレホンセックスのことだけ考える」ですが、こちらの可能性については、私はまだそれほど深く追求したことがないので、なんともいえないもどかしさを抱えています。

文字通り「そのことだけ」を考え、他のことを排除することで導き出される知見の凄まじさについては、ロヨラやアウグスティヌスといった前例が思いつきますが、テレホンセックスにおけるロヨラやアウグスティヌス的なアプローチは可能なのかどうか、ということに関しては、私には何も言えません。

ただ、ロヨラやアウグスティヌスのような「そのことだけを考える」というあり方から、徹底的にテレホンセックスのことだけを考え、なけなしの手札で突き抜けたテレホンセックスのヴィジョンを提出するテレホンセックスプレイヤーの到来を、私がひそかに待ち構えてもいるということは、正直に白状しなければならないでしょう。

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